複雑性と愛について考える

僕たちにはいま、いろんなことを考えるための時間を与えられた。何をどう考えるべきか? あまりにも考えるべきことは多いので、たった数週間で答えは出せないかもしれない。でも、何事にもトライは大切。

長い話になるけど、この話は最後には「愛とは何か?」につながります。愛について深く考えるための「ある側面」について書いていきます。興味のある方はお付き合いください。

複雑性が大切な時代だと言われる。なぜ複雑性が大切なのか? 前提がたくさん必要なのは知っているが、それを言い出すとなが〜い文章になってしまうからかなりはしょる。わからない人は質問してください。なんとなくわかった人はそれでよしとしてください。理論的に科学的に正しいことを求めていくと、きっと訳が分からなくなります。なぜそうなってしまうのかについては、またいつか説明します。

複雑性が大切なのは「僕たちがひとりひとりみんな違うから」。もし複雑性が大切だと気づけないと、僕たちは「ひとりひとり違う」ことを容認できないということになる。

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慶応大学病院での集団感染について

慶応大学病院で研修医が集団感染したというニュースがありました。それに関して批難の言葉が寄せられているようです。

慶応大学が「研修医らの行動は患者を守るべき医療者として許されない行為であり、医師としての自覚が欠如していたと言わざるをえない。深くおわび申し上げますとともに、再発防止に努めてまいります」と発表するのは、その立場上当然のことだと思います。だけど、それを他人が批難するのはどうかな?と思います。

医療に携わっている人たちはいま困難に挑戦していると言えます。なにしろ、相手の素性がよくわからない新型コロナウィルスに立ち向かっているのですから。しかも、彼らには感染の危険があります。

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地球交響曲(ガイアシンフォニー)について その1

1993年、京都でグローバル・フォーラムという会議がおこなわれた。
グローバル・フォーラムはそのとき3回目の開催で、1回目が1988年4月にイギリスのオックスフォード大学でおこなわれた。
東京でグローバル・フォーラムの事務局をしていた人と知り合い、その写真を見せてもらった。
ゴルバチョフ、マザーテレサ、ダライラマ法王、カール・セーガンなど、見知った顔が並んでいた。世界中の政治、宗教、文化、科学の代表格といえるような人たちが一堂に会し、地球環境についての話し合いをする機会だという。その企画を実現した人は国連の元職員で松村昭雄さん。そんな会議が当時おこなわれていたということを僕は知らなかったので「こんなすごいことする人に一度会ってみたい」とつい言った。
1989年の夏だったと思う。僕の会社のデスクに電話がかかってた来た。受話器を取ると「松村です」という。
「どちらの松村様でしょうか?」
「グローバル・フォーラムの松村です」といわれて、びっくりした。
「日本にいらっしゃるのですか?」
「いまニューオータニにいます。少々ご相談したいことがありまして、お目にかかることはできますか?」
その晩、ニューオータニで会った。そして、京都でおこなわれるグローバル・フォーラムを手伝ってほしいと言われる。

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