メディアのハイブリッド化

PCの技術が発展して以来、あらゆるメディアが溶解・統合して、まるで『ブラッド・ミュージック』に登場するナノマシンのようになってきている。普通のナノマシンはただ小さいだけだが、『ブラッド・ミュージック』に登場するナノマシンは知性を持って生物と融合し、ハイブリッドな生命としてバージョンアップしていく。

現在は『ブラッド・ミュージック』のように簡単にハイブリッドされる訳ではないが、PCの技術はいたるところに応用され、アナログだったレコードをCDとし、デジタル化された信号を取り込むことを覚え、ついにはiPodのような小さな機械に何千、何万という楽曲を詰め込むことができるようになった。

かつては音楽が聴けてビデオが見られる機械となると、ふたつの機能を持たせるために大きくなったものだが、いまでは両機能がiPod nanoの大きさに収まってしまう。20年前の人間が見たらどんなに驚いたことか。

と同時にどんな機械も、その大きさは自由になっていく。かつては大きさに制限があった。それをどんどん小さくすることができるようになり、今度はかつてとは反対に、使いやすくするために大きくすることを考え始めている。大きくすると、余ったスペースをどう利用するかで競争が始まる。このとき必然的に機能のハイブリッド化が始まる。

バーチャルな空間はいくらでも広げられる。その感覚を現実に持ち込む人がいつか現れるだろうが、その感覚がどのようなものか、かつてのパラダイムにいる僕には想像もつかない。たとえば、宇宙空間での無重力状態の映像を当たり前のように見る人たちは、きっと新しい空間認識を始めるだろう。それと同じように、機械に必要だった空間をいくらでも大きくしたり、小さくしたりできる感覚を持つと、僕のような古い人間には考えつかないような突飛な機械を作り、いままでは考えられなかった機械の使い方を始めるのだろう。機械をからだに埋め込むなんてのはまだ序の口で、もっと不思議なことが始まると思う。

たとえば、コードのないイヤホンだけの電話とか、家の壁がその日の気分によって好きな写真や絵画で埋め尽くされるとか。広大な土地にモニターを敷き詰め、Google Earthに毎日のように美術作品を見せるようにするとか。でも、それでもまだまだ古い人間が考えるようなことだ。そうだ、地球全体で電波望遠鏡も作れるだろう。携帯電話に特定方向から来る微細な電磁波を受けとる仕組みを入れて、位置情報、アンテナ方向と統合することで地球の大きさの電波望遠鏡ができあがる。

政治も次々と情報が開示され、多くの人がアイデアを提供して、たくさんの人にとっていいと思われる工夫が積み重ねられるようになるだろう。いままで特定の人が抱えていた権利はオープンにされ、使いたい人がいつでも使える状態になっていく。自転車や車がバイクシェア、カーシェアされるように、権利や義務も特定の人に属さず、シェアされるようになるのではないか? これはまだしばらく時間がかかるかもしれないけど。

これからの時代はいままでのどの時代にも増して、人間のイマジネーションをどこまで拡大できるかが問題になる。その加速度がさらに大きくなってきた。

甲冑パンツはなぜ甲冑パンツなのか

先日、甲冑パンツを製造販売しているログインの野木社長に会い、いろいろと話しをうかがった。そこでなるほどなぁと思ったのは、甲冑パンツが単にトレンドをとらえただけのものではないということだ。

最近は「歴女」なんていう歴史好きの女性が増え、なぜか武将たちの人気が盛り上がっているそうだが、何も知らないと甲冑パンツはそのブームにうまく乗ったように思える。確かにそういう部分もあるだろうが、野木社長が意図したのはまったく違うものだった。

まずひとつめの要素は「野木社長自身が穿きたいパンツがなかったので作ろうとした」ということ。僕は下着業界のことをよく知らないのではじめて聞いたのだが、このところ女性受けするようなパンツのデザインが多かったそうだ。そのようなパンツが実際に売れるので、みんな似たようなデザインになびいていった。ところが、それらは30代40代の男性が穿きたいと思えるようなものではなかった。野木社長はいろいろと知恵を絞って、どんなパンツなら穿きたいと思うかを考えていった。たくさんデザインを作ったそうだが、そのなかに「甲冑パンツ」の案があった。穿くと闘争心が湧き出るようなパンツだ。そのデザイン画を見せてもらった。

これらは甲冑の写真集を見てデザインしたそうだ。しかし、これらのデザインはしばらくお蔵入りする。まだ甲冑パンツにふさわしいパンツ制作の技術が集まってなかった。このデザインを商品化するには時が熟していなかった。

甲冑パンツはもともと「包帯パンツ」のバリエーションだ。甲冑パンツが何かを知るためには、まず包帯パンツの正体を知らなければならない。包帯パンツこそが、甲冑パンツ成功の鍵の二つめだ。

野木社長は一年近く、包帯パンツを開発するために、何度もテストバージョンを作らせては試着し、作り直させていた。そして、やっと包帯パンツを完成させる。それはとても履き心地のいいパンツだ。僕も穿いている。腿が締まり、股間には多少の余裕がある。グッと締まって腰に力が入る。その感覚に野木社長はこだわった。できあがった包帯パンツは、結果として特殊な縫製によって作られたため、なかなか類似品が作れない。普通に作ろうとすると締まり心地と通気性の両立ができないのだ。なぜ、それを可能にする技術を手に入れることができたのか。ここが包帯パンツや甲冑パンツの肝なのだ。

野木社長はこの時代において、戦国武将と同じことをした。高い技術を持つ下着の専門家と次々に会い、その技術を評価し、高く買ったのだ。

「それは普通のことだ」と思うかもしれないが、普通のことではなかった。

現在、下着業界では安売り競争が激化している。どんなに高い技術を持っていても、大手の下着会社が買いたたく。ほかでは利用できない技術なので、下請けは仕方なくそれを飲まなければならなかった。そこに野木社長は「あなたの技術を高く買う。作った商品にはあなたの名前を掲載する。ぜひ一緒に下着業界に革命を起こそう!」と口説いていったのだ。失敗したときのことを考えると、こんなことはとても言えない。しかし、野木社長は戦国武将の魂を持っていたのだ。その意気に感じた高い技術を持ち、武将の魂を持った人たちが集まった。そして、包帯パンツが完成する。

その意気は流通の人たちをも動かした。ユナイテッドアローズが動き、伊勢丹が動く。それはさながら戦国武将が機を見て動くかのようだった。小さな企画会社が提案した下着に対して、このような大手が動くことはまずあり得ない。そのあり得ないことを野木社長と、そこに集まった武将たちは成し遂げてしまった。合流した大手流通会社はその流れをさらに加勢する。

包帯パンツが成功したので、次の段階としてプリントデザインされたパンツを作ろうとした。そこで野木社長が思い出したのが甲冑パンツだった。しかし、まだ問題があった。普通の技術ではなかなかプリントできない。なにしろプリントするのは通気性がとてもいい包帯なのだから。インクがことごとく流れ出てしまって、包帯の上に定着しない。日本一の技術を持っていると言われていた会社に頼んでも無理だった。

ところが、意志あるところに道ができる。無理だと言われたプリントを可能にする技術に出会う。これが三つ目の鍵だ。

こうして甲冑パンツが完成した。さながら武将たちが集まってきたかのようだ。だからこその甲冑パンツなのだ。ただデザインを甲冑に似させたのではない。この戦に加わったらもう退路はない、そんな戦いに挑む、まさに武将の魂を持つ人たちが集まったのだ。甲冑パンツの発表会は東郷神社でおこなわれた。この異例の展示会も、武将の魂が集まってきたからだと考えれば不思議ではない。現在では甲冑パンツは在庫がほぼ切れ、生産が間に合わない状態だ。海外からの引き合いも入るようになってきたので、欲しい人は早めに手に入れないとならない。特殊な技術で作られているので、工場を拡張するには時間がかかる。

男はもちろん歴女たちも、現代武将の魂に触れるがいい。