2月12日にkyobashiTORSOで、『ロンドン五輪2012から東京五輪2020へ 〜 成熟都市五輪の成功をロンドンから考える』と題された講演会がおこなわれた。講演者は山嵜一也氏。
山㟢さんはなんのあてもないのにロンドンへ行く。ロンドンの建築事務所に勤め、世界的な建築に携わるためだ。しかし、なかなかうまくいかない。一番の問題は語学だったという。ある大きな建築会社が「模型作りのためにだったら雇ってもいい」という。しかし、山嵜氏は建築がしたいことであって、設計図から模型を作るなんてしたいことではなかった。しかし、そこでしか雇ってもらえないからそれを受け入れる。そのときその建築会社のある人がこう言ったそうだ。
「模型作りを通して、その言葉をなんとかしろ。勝負はそれからだろ」
山嵜氏は模型をせっせと作る。そのなかに、ロンドン五輪の会場の模型があった。その当時は気にもしていなかったが、後年、オリンピックの会場を一部任される。入った建築会社が会場デザインを担当していたのだ。任されたのはレガシープランと馬術大会の現場監督だった。
レガシープランとは、大会終了後、会場跡がオリンピック会場であったことの価値や歴史を後代に残すように、事前に準備をすることだ。オリンピック会場になった場所はクイーン・エリザベス・オリンピックパークとなることが決まっていた。どのように会場を作り、それをどのように改築して永続的に残る公園にするかを立案した。そのときの大きな問題は、会場の一部が世界遺産のため、現状復帰が絶対条件で、そのうえに、あらたな公園としてのプランを作らなければならないという、二重のしばりがあったことだった。レガシープランには2010年から2011年に関わり、大会直前の2012年には馬術大会会場の現場監督になった。
馬術大会会場はグリニッジ・パークの一部だった。グリニッジ・パークとは王立公園の一つであり、公園内にあのグリニッジ天文台がある。グリニッジ・パークは世界遺産にも指定されているため、オリンピックによって少しでも傷つけられてしまってはおおごとになる。ここが会場になることに反対して近隣住民が12000名もの署名を集めた。
この仕事を通して山嵜氏は、このオリンピック会場には三つの大切なポイントがあるなと感じ、それらをこう表現した。
1.祭やぐらの設置
グリニッジパーク内は現状復帰が条件だから、すべてのものが仮設となった。石畳に杭を打つ訳にはいかない。だから、鉄板を敷き、その上に柱を溶接し、さまざまな建造物を造った。建造物を取り払うと、そのまま現状が復帰される。屋根はほとんど設けず、雨の際にはビニールシートをかぶせるように用意した。
2.都市を借景
都市のなかでやるオリンピックなので、都市の風景をどのように競技に織り込むかが課題となった。世界中の報道機関が競技写真を撮る。その際にロンドンの景観が一緒に写ると、それはロンドンの観光案内にもなる。実際、美しいオリンピック競技の写真を見ることで、多くのロンドン市民があの会場に行ってみたいと感じた。その結果、普通はオリンピックのあとにおこなわれるパラリンピックは集客が難しいのだが、会場を見てみたいという市民が多数チケットを買ったため、パラリンピックも大盛況になった。
3.見得を切る
都市を借景する際に、競技の一番のみどころが引き立つように、会場デザインを考えたそうだ。たとえば、山㟢さんが担当した馬術では、三日月型の障害物を馬が飛び越えるとき、背景にロンドンの美しい景観が来るように設置したり、会場の四角い四辺のうちひとつには、わざと観客席を設けず、チャールズ一世妃の離宮が見えるようにして、イギリスらしさを訴えると同時に、馬術大会の当日には、王室の人たちがそこから競技を観戦できるようにしたそうだ。マラソンコースは特に工夫され、この映像を見た人でロンドンに行きたいと思った人はたくさんいただろう。
ロンドンオリンピックを通して山嵜さんが特に印象に残ったことは、なんでもかんでもできることをやるのではなく、いろんなことを意図的に「やらない」と選択したことだったそうだ。これが2020年の東京オリンピックにも大切なポイントとなるのではないかと指摘していた。 たとえば、東京ではあちこちがバリアフリーになっている。どこもかしこもスロープを設けて、車いすの人たちが通りやすいように工夫されている。しかし、ロンドンにはあまりそのようなスロープはなかったそうだ。ところが、スロープを造るより素晴らしい都市の要素がそこにあった。階段前で車いすの人が困っていると、誰かがやってきてその人と車いすを手で抱えて運んでくれるのだそうだ。そのような状態であれば、確かにスロープなんていらない。
ロンドン市交通局は大会期間中「街を歩け」というキャンペーンを張った。公共交通が人であふれることが予想されたからだ。それに対してロンドン市長も「自転車で走るのもいいじゃないか」と各所にレンタサイクルのポストを設けたそうだ。ロンドン市長と言えば、日本で言えば東京都知事にあたる。ロンドン市長はレンタサイクルを導入すると、実際に自分もロンドン市内を自転車で移動するようになったそうだ。たまたま山㟢さんが見かけた、自転車に乗って走る市長の映像を見せてもらった。自転車で走り、階段になると降りて自分の肩に背負って階段を登っていった。東京ではあり得ない風景だと感じた。舛添さんが警護もつけずに普通に自転車に乗り、階段になったら肩に担ぐだろうか?
五輪期間中は、会場に最も近い駅は封鎖された。なぜなら、その駅が使えると、そこに人が集中して混乱が起きると考えたからだ。少し遠くはなるが、付近にあった三つの駅から歩いて会場に向かう。その結果、ひとつの駅に集中してパニックになるようなことはなかった。これこそ意図的な「やらない」だ。その準備として、地図が各所に掲示され、パンフレットが配布された。駅近辺では歩道が一方通行になり、スムーズに行き来ができるように整えられた。開会前には開会後の状態を前もって知るためにリハーサルを駅でしたそうだ。結果として混乱が起き、大会時にはその混乱の原因となったことを修正した。
オリンピック会場近辺では、様々なプロモーション用の○○ハウスが用意された。たとえば、ジャパン・ハウスとか、NBAハウスとか。
はたして東京オリンピックではどういう面白い状況が生まれてくるのか? 山嵜さんは今回の東京オリンピックで、ロンドンでの体験を役に立てたいと考えている。
すでに東京オリンピックの会場がある程度決まっているが、ロンドンのように借景することで、多くの人たちを東京のとりこにすることはできないか? たとえば、皇居前の広場を何かの会場に使ったり、明治神宮の一部を馬術大会の会場にしたり。そのことで、皇居や明治神宮の偉容を世界に大量に発信することができる。リスクはもちろんある。しかし、そのリスク以上の価値を生み出すことができるのではないだろうか? 天皇や神宮に対して畏れ多いという考え方もあるが、イギリス王室はそのリスクを取った。日本の価値を発信するという観点から、検討に値することではないかと考える。
一度書いたこの原稿をtwitterでつながっている山嵜さんにお伝えしたら、丁寧に間違いを指摘していただきました。ここに御礼申し上げます。