ドグラ・マグラは1935年に夢野久作によって書かれた小説だ。この小説は主題として胎児の夢が扱われているというので読んでみた。そのなかに登場する心理療法が解放治療という。当時の精神病院はどこも監獄のようなところだったが、ドグラ・マグラに登場する精神科医は精神に平衡感覚を持たせるためには監獄に入れてはならないと広い土地に患者を放して自由にさせる。かつて患者が心にため込んだ鬱屈したものを吐き出すためには自由が何よりだという。しかも、全ての人間が実は地球上で自分の前世や胎児のときの恐怖の記憶を克服するために、自分の人生を生きることを通して自分を治癒しているのだという。これが60年以上前に書かれていたとはすごい。
ところで、前世や来世はきっとあるんだろうなぁとは思うが、まだ僕は確信には至っていない。しかし、仏教で説かれている前世や来世は因果応報の考え方に基づいているので、現在の生き方が現在や未来の自分、特に家族関係や人間関係に大きな影響を与えるものだとは考えている。
来世のために何かをするということは、とりもなおさず「自分」の利益にいつかなることを表現している。来世を良くするために現在の自分を高めるように諭している教えは、実は現在や近い未来の自分自身に大きな影響を与えることをわかりやすく表現したものなのではないだろうか。自暴自棄になっている人間はなかなか現在の自分のために徳を積むことができない。そこで、その自暴自棄があたかも永遠に続くことになるよと諭すことによって、自暴自棄からの脱出を教えようとするものなのではないだろうか。さらに他人のために何かするということも現在の自分だけを中心に教えるのは不可能に近い。「なぜ他人のために何かしなきゃならないのか」と考えている人に、巡り巡ってその方があなた自身に良いことになるよとは、なかなか納得させられない。そこで前世や来世という方便を使うのだ。
自分の例で書こう。僕の母はお姑さんにいじめられたと僕が幼い頃から言い続けてきた。同じ墓にも入りたくないと言う。結婚したばかりの頃、両親は姑と同居していた。その後、母は姑と別居してから僕を産んだ。まだ幼い僕を連れ、姑の家、つまり僕にとってはおばあちゃんの家に泊まったことがある。その何日か後に母が姑の悪口を言った。それを聞いて僕は泣きだしたのを今でも覚えている。僕にとっては悪いおばあちゃんには思えなかったのだ。
それから何十年もたち、僕や僕の兄は嫁さんをもらうとき、絶対自分の嫁さんがお姑さん、つまり僕の母とは暮らすまいと考える。ところが母は、絶対同居でなければ嫌だと譲らない。母は自分がお姑さんに苦労したから私は苦労かけないと言い張るのだが、息子からはそうは思えない。つまり、かつての母の姑への怒りが因果応報として息子と母の関係に現れているのだ。短く書くとあまりにも単純でへぇってなもんだが、本人にとってはかなり深刻だ。母の心の底には、かつて自分が姑に持った嫌悪感を息子の嫁に持たれないようにしているのかもしれない。しかし「嫌悪感を持たれまい」とすればするほど相手には嫌悪感を抱かせてしまう。
母に限らず人は、「自分はこうだった」という思いこみから行動したりものを言ったりせざるを得ない。だから母はこう考える。かつての私に比べれば今の嫁さんは幸せよと。ところが当の嫁さんにとってはそれがとても我慢のできないことだったりする。
相手に「ある考え」を受け入れろと言うのは簡単だ。しかし、なかなかそうはいかない。一番簡単にその問題を解決するのは自分が相手の考えを受け入れることである。その問題がふたりだけの関係ならばまだ話は簡単だが、それに関係する人が三人、四人と増えれば増えるほど、話は複雑になり、本人たちにはときほぐせない迷宮になってゆく。
現代の家族問題の発端はこんなところにもあるのだ。
僕は親子関係を通じて解放治療を受けているのだな。(ため息)
要約 現代の家族問題は前世と来世の問題である。 (笑)
BUCHAN通信 No.00089 99.06.08 「ドグラ・マグラの解放治療」へのレス
ヒーリング・ライティングの参加者が前回の「ドグラ・マグラの解放治療」を読んでメールをくれた。本人の了承を得て、以下に掲載します。
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私は、とびきりの笑顔を持つ人に猛烈に憧れる。
それは、いわゆる上流階級の人のように近寄りがたく、
恐れをなしてしまうほどの憧れだ。
私の幼い頃の写真を見ると、どれも表情がない。
もちろん、その時その時の雰囲気はあるけれど、
写真に表れている気持ちを感じ取ってみると、ぞっとするような表情のなさだ。
同じ顔をしてみると、その気持ちがよく分かる。
幼い子どもの特権とも言える、心が躍るような喜びを感じていないのだ。
私が憧れる、心があったかくなるような笑顔の写真は、どこにもない。
私が喜びを隠しきれないときの表現は、地団太を踏んで騒ぎまわることだったらしい。
これも、今の私にはぞっとすることだ。
もし見かけたら、「この子、やばい」と、私はそう思う。
喜びを処理する回路ができていない。
つまり、愛されるという満たされた気持ちを経験していないことだ。
私がとびきりの笑顔を持つ人に憧れるのは、その笑顔が、両親から愛された証のような気がするから——。
だが不思議なことに母は、『地団太を踏んで喜ぶ私』を、かわいらしさとして記憶している。
表情のない顔をした写真を見て「まあ、これなんてとびきりのかわいらしさじゃないの」と言う。
我が子のかわいさとは、こういうものなんだろうか。
人が見たら、とてもかわいいとは思えない子どもでも、親はかわいいと思う。
それは、容姿のことだけではないのだろうか。
私が抱く「愛されていない感覚」とは、何なんだろう。
父のこともそうだ。
「父が幼稚園に迎えに来た時、地団太を踏んで喜んだ」なんていう話を聞くと、私は、どこの誰のことを話されているのか分からなくなる。
確かに幼い頃父のことを好きだった片鱗は記憶している。
だが、何と言っても「私は生まれてきてよかったのか」と長い間悩ませた、張本人だ。
私がホロトロピックというものを知ったのは、８、９年前。
私はその時吉福伸逸さんに聞いた。
「ホロトロピックをしなくても、私は親を許すことができるだろうか」と。
吉福さんは、ちょっと考えてから、こう言ってくれた。
「そう思った時から、あなたは許し始めているはずです。大丈夫でしょう」と。
なら、できる。やろう。そう思った。自分の力でやりたかった。
いろいろあったけど、その過程の中で、「母への感謝状」にも書いたようなことを知って、許すっていうことが少しずつでき始めたようだった。
(つなぶち注 ヒーリング・ライティングのワークに「母への感謝状」を書くというものがあるのです)
あるとき、「もう大丈夫」と思っていることに気づいて、だから、去年のＧＷに、ホロトロピックを受けた。
自分の知らない過去を思い出す。
それはすごく興味深いことだったので、いつかは、とずっと思い続けていた。
果たして、見えたのは、私が生まれた時の両親だった。
母が私を抱き、父が後ろに立っている。
その様子を、体験したイメージを描くマンダラの中心にした。
母を描き、その腕の中に私を描き、父を描いた。
母の口元は嬉しそうに笑っている。私も満足そうな、ゆったりとした安らぎの口元。
父は、ちょっと照れた、唇を歪めた笑い。
目はうまく描けないからいいや、と思った。
ほかを描いているうちに、回りを少し黒くしたくなった。
でも、この絵は私にはすごくいいイメージの、黒なんか似合わない絵だ。
黒を入れるのは嫌だと思った。
その時先生の言葉を思い出した。
「自分の心の闇を認めないと、光も見えてこないよ」。
だから、回りをすこおし、黒くした。
そうしたら、もう少し黒くする勇気が湧いてきた。
ちょっと遠慮がちだがまあいいかな、というくらい黒くしたら、ふいに「目がない」ことが気になったので、母と私に目を描いた。
父はめがねがあるから描けなかった。
私は、黒を描いたら目が描きたくなったことを、皆にシェアした。
そうしたら、「へえ、だるまに目を入れるということは、心を入れることなんだよ」と言ってくれた人がいて、自分でも絵の意味が分かった。
「闇を認めないと…」という意味がすごくわかったのも、この一言のおかげ。
でも、その後、時折、父にはまだ目が入っていないことが気になった。
私はまだ父を許してはいないのだろう。
現に、その後も大揺れに揺れたし。
でも、最近は、父ととても冷静に話せるようになっていた。
『胎内記憶』を読んだ後には、それを見せて、「男の子が欲しかったと思われていたのは、とても辛かった」と言うことができた。
父は「そういう気持ちは確かに強かったけれども、言ったことはなかっただろう」と言ってくれた。「言わない」と、父なりに決めたルールはあったらしい。
思うだけで人は傷つく。でも、父なりの思いのかけ方を理解することはできた。
その後も、父に思いをぶつけても、衝突しないことがあるようになった。
単に父が年を取ったのかとも思ったけれど、姉とは相変わらずやっている。
多分、感情を交えない語調で、つまり相手を責めずに感情という事実を話せるようになってきたのだと自分では思っている。
ある日、家族の写真を撮った。
その中の一枚は、私に衝撃を与えた。
本当に、愕然とした。こんなことがあっていいのか。
その中の一枚に写っている父の顔は、私がマンダラに描いた父の顔と、そっくり同じ表情だったのだ。
生まれた私を見つめる父と、同じ顔をした父。
しかも写真には、私が描けなかった目まで写っている。
——私のマンダラに、父の目が入った。
愛されていないとか、ちっとも感じる必要などなかったのに、私は何に縛られてきたんだろう。
……これも、解放治療かもしれないですね。
最も、１対１の関係性の修復だから、単純って言えば単純か。（笑）
それにしても、長い年月かかったけど。